明石町とは
明石町の名の由来
明石町の歴史
築地外国人居留地
明石町なんでも発祥地
 
築地外国人居留地
アメリカ公使館跡のモニュメント

 現在の築地六丁目には外国人用の築地ホテル館(5年後に銀座大災で焼失)が完成し、また外国人用の遊郭として現在の新富一・二丁目に「新島原」まで設置されました。島原といえば、京都の遊郭ですが、新しい島原ということのようです。

立教大学発祥の地

 江戸・東京の居留地ということで、キリスト教会やミッションスクールなども建設され、これらが立教大学や明治学院大学などの発祥となっています。また、1875年にはアメリカ公使館が設置され、90年に現在の赤坂に移転するまで公館が置かれていました。

 これらによって築地外国人居留地は江戸・東京における文明開化の発祥の地とも言える場所となりました。その象徴的なものが、現在の明石小学校前にあるガス街灯です。高さ3.4mの鋳鉄製の柱は、当時実際に居留地で使用されていた物です。

明石小学校前のガス灯

 居留地は幕府が欧米各国と締結した不平等条約改正を待って、1900(明治32)年に廃止されますが、横浜の居留地に比べ、築地居留地は、あまり発展はしなかったようです。先行の横浜居留地が横浜港の発展とともに隆盛していった結果、商社などの外国企業も横浜に根を下ろしてしまって、東京へ移転しようとはしなかったためです。その代わり、キリスト教各宗派の宣教師たちが移住してきたり、教会なども建設されたりして、それらに私塾が開設されて、現在の大学の発祥となったりして、あまり広くない町域なのに、いくつかの大学の発祥の地があるのも、明石町の特徴となっています。

 

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