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1963 |
カウアイ島リフエに第一号店「カルナ・ハワイ・スポーツ・ウェア」の名称で開設。この第一号店の誕生により、楽しくかつ有益なハワイアン・ビジネス・ベンチャーのコンセプトが生まる。 |
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1965 |
「ヒロ・ハッティ」第一号の工場直営店「ハワイアン・ウェア・アンリミテッド」を現在のホノルル、ワード・ウェアハウス近辺に開設。当時、ワイキキから小型バンによる送迎を行い、3
ドル95セントでアロハ・シャツが買える店として人気を得る。 |
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1965
〜1979 |
ハワイ州内のリゾート・ショップを買収し、事業拡張を展開。 |
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1970 |
総売上高100万ドル達成。 |
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1979 |
ハワイ島ヒロの「マーゴリス・マニュファクチャリング・アンド・リテール・カンパニー」を買収し、「ヒロ・ハッティ」の名称使用権を獲得する。
| 「ヒロ・ハッティ」の社名は、1900年代初頭に大変人気のあったハワイアンのアイドル、ヒロ・ハッティから由来している。1901年10月28日に生まれたヒロ・ハッティ(クラリッサ・ハイリ)は、クララの愛称で親しまれていた。当初教師であったヒロ・ハッティは、コミカルな歌いまわしのコミック・フラでデビュー以来、一世を風靡した。彼女の代表作の中には、「鶏の目をしたカウナカカイの市長」、「プリンセス・ププレはたくさんのパパイヤを持っている」「ヒロ・ハッティのフラ・ポップ」等がある。1979年に死去した彼女の持ち前のアロハ・スピリットを受け継ぐために、彼女に敬意を表し社名を「ヒロ・ハッティ」とした。また、ポマレ社は米国内の大学で就学している学生9人を対象に、年間1,000
ドル相当の奨学金を授与している。 |
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1982 |
6月、カウアイ島のリフエに新店舗を開設。(売り場面積約932 平方メートル) |
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1983 |
ヒロ・ハッティ本社(700 Nimitz Highway)、(総床面積7,432平方メートル、700万ドルをかけた店舗、工場、倉庫を含む)を設立。この建築は数々の奨励賞を受賞。ポマレ社、ヒロ・ハッティのオフィス、約2,787
平方メートルの売り場、配送センターと製造工場で成っている。約75万点の衣料品が製造販売され、総売り上げ高300万ドルを達成。 |
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1986 |
ハワイ島コナに新店舗を開設。(売り場面積約838平方メートル) |
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1990 |
マウイ島のラハイナ・ショッピング・センター内に新店舗を開設。(売り場面積約1,292平方メートル)
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1991 |
ハワイ・ファション産業協会より、「ハワイ・ジェネラル・リテーラー・オブ・ザ・イヤー」として州知事杯を受賞。また、ハワイ州観光局の5部門のカヒリ賞も受賞。 |
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1992 |
ハワイ初で唯一の布地デザインに最新技術を駆使したコンピューター・システムAccuMark300
を導入。Gerber Garment Technology (GGT)によるカッターとスプレッダーを使用して、布地デザインと生産を開始する。
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6月、ハワイ島コナに新店舗(売り場面積1,115平方メートル)と製造工場(465平方メートル)を開設。 |
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ヒロ・ハッティの従業員数が、ハワイ州内4島合わせて400名以上となる。4島5店舗の総計年間来客数が100万人を超え、ハワイで最も人気のあるアトラクションとなる。
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ジム・ローミッグが、リテール・マーチャント・オブ・ハワイの「リテーラー・オブ・ザ・イヤー」の名誉に輝く。 |
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1993 |
ハワイ・ファション産業協会より「ハワイ・スペシャル・ストアー・オブ・ザ・イヤー」として、ハワイ州知事杯を受賞。同じくジム・ローミッグが「ライフ・タイム・アチーブメント賞」を受賞。 |
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1994 |
多角化を図るため、ニミッツ本店にジュエリー・センターを開設し、総売り場面積が約2127平方メートルとなる。 |
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1995 |
アジア市場と地元ハワイ市場に対し、新しいスタイルとコンテンポラリーなデザインを発表し、市場拡大を図る。 |
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1996 |
ハワイ州観光局より1996年度の「ベスト・アトラクション・イン・ハワイ」として2度目のカヒリ賞を受賞。 |
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1997 |
オアフ島アラモアナ・ショッピング・センター内に新店舗を開設。(約743平方メートル) |
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1998 |
ハワイ州観光局より1998年度の「ベスト・リテーラー・イン・ハワイ」として3度目のカヒリ賞を受賞。気軽に立ち寄れるハワイの楽しいショップとしての認識が高まる。
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| ジム・ローミッグがアーンスト&ヤング社による1998年度「企業家オブ・ザ・イヤー」を受賞。 |
| 11月、カリフォルニア州オレンジ郡に新店舗を開設。(約1,858 平方メートル) |
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1999 |
世界最大のアロハ・シャツ(400XLサイズ)が、ギネスブックに認定される。(ニミッツ本店に展示)
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| 公式ハワイアン・リゾート・ウェアの提供社として、米国人気テレビ番組「ベイ・ウォッチ・ハワイ」、「パシフィック・ブルー」、「デスティネーション・スターダム」と市場契約を締結。
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| 全米マーケティング協会ハワイ島支部より1999年度「マーケター・オブ・ザ・イヤー」を受賞。 |
| ハワイ州知事ベン・カエタノより1999 年度「製造品輸出業社」と「総合輸出業社オブ・ザ・イヤー」を受賞。 |
| ヒロ・ハッティ総計年間来客数が200万人を超える。 |
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2000 |
リテール・マーチャンツ・オブ・ハワイより「オアフ島リテーラー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。ハワイ州より「スペシャルティ・リテーラー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。
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| テレビ番組「ホイール・オブ・フォーチュン」司会ヴァナ・ホワイトのクロージング市場契約を締結。 |
| 12月、マウイ島キヘイに新店舗を開設。 |
| TV 番組「ローカル・カイン・グラインズ」と2年の市場契約を締結。 |
| メンズ&レディースのシルク・ファッション「デラックス・ライン」を発表。 |
| 3月、フロリダ州マイアミのドルフィン・モールに新店舗を開設。(約1,858平方メートル) |
| ニミッツ店内に「アイランド・ソープ&キャンドル・ワークス」の工場を開設。 |
| ユニホーム&ホールセール部門を設立。 |
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2002 |
2月、「マウイ・ダイバーズ・ジュエリー」と依託販売契約を締結。 |
| 映画「リロ&スティッチ」において、ディズニー社と市場提携を締結。 |
| 6月、近畿日本ツーリスト主催「パン・パシフィック・フェスティバル」認定ロゴ商品販売店に指定される。 |
| 9月、「アロハ・フェスティバル」認定ロゴ商品販売店に指定される。 |
| 8月、ネバダ州ラスベガスのアラジン・デザート・パッセージ・ショッピングセンター内に新店舗を開設。(約353
平方メートル) |
| 7月、ウェブサイト(www.hilohattie.com)をリニューアル。 |
| ハワイ最大の私立校、カメハメハ校制服特約店に指定され、2年の契約締結。 |
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2003 |
4月、フロリダ州オーランドのフェスティバル・ベイ・ショッピング・モールに新店舗を開設。
(約557 平方メートル)
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| ハワイ最大のホテル/コンドミニアム・チェーン、アストン・ホテルズ&リゾーツの制服特約店に認定される。 |
| 「マウナロア・マカデミアナッツ社」と委託販売契約を締結し、ニミッツ店内に約30平方メートルのコーナーを開設。 |
| ハワイ三大祭、「ホノルル・フェスティバル」、「アロハ・フェスティバル」、「パン・パシフィック・フェスティバル」の認定ロゴ商品販売店に指定される。 |
| オアフ島の「ホノルル・スターブリテン紙/ミッドウィーク紙」、ハワイ島「ハワイ・トリビューン・ヘラルド紙」、カウアイ島「ガーデン・アイランド紙」それぞれの読者投票で、「アロハウェアのナンバーワン」に選ばれる。
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| Amazon.com と市場契約を締結。 |
| リテール・マーチャントより「リゾート・リテーラー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。 |
| リンダ・リングルハワイ州知事より2003年10月28日を、「ヒロ・ハッティの日」に認定される。40年前のヒロ・ハッティの創立より、ハワイのリテール業界に大きなインパクトを与えたことで表彰された。 |
| 3月16 日、ハワイトップ100企業の中でも最大企業として選ばれ、500人以上の従業員を率いるオーナーのジム・ロミッグがハワイ・ビジネス・ホール・オブ・フェームに殿堂入りする。 |
| オアフ島の「ホノルル・スターブリテン紙/ミッドウィーク紙」、ハワイ島「ハワイ・トリビューン・ヘラルド紙」、カウアイ島「ガーデン・アイランド紙」それぞれの読者投票で、「アロハウェアのナンバーワン」に2
年連続選ばれる。 |
| ユナイテッド航空、マウナ・ロア社と提携し、「ハーフウェイ・トゥ・ハワイ」コンテストをスポンサー。5000枚のクーポンを機内で配布する。 |
| ハワイアン航空と提携し、就航75 周年のプロモーション(2004年度)の市場契約を締結。 |
| ハワイ大学アスレチック部門の全スポーツ・イベントでコーチ及び選手への「アロハ・ファッションの正式提供社」として市場契約を締結。 |
| カメハメハ校及びメリーノール校の制服特約店に指定される。 |
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