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■今月のスポットライト
特別企画

 1991年の就航以来、日本を代表するクルーズ客船として世界の海で活躍した「飛鳥」が、「2006年アジアグランドクルーズ」を最後に引退し、「飛鳥II」にその座を譲ります。今回は、日本のクルーズ文化発展に貢献してきた名船「飛鳥」の航跡をふりかえります。


クルーズライター:拓美 晟

■日本郵船の客船事業復活まで


横浜港に係留されている氷川丸

 日本郵船は、戦前、かつて当時の花形路線であったサンフランシスコ航路に就航し、太平洋の女王として君臨した「秩父丸(後に鎌倉丸と改名、17,497トン)」、「浅間丸」、「龍田丸」をはじめとし、多くの優秀な豪華客船を運航していました。しかし、そのほとんどの豪華客船は第二次世界大戦において壊滅、唯一奇跡的に生き残った「氷川丸」によって続けられていた客船事業も1960年に廃止され、日本郵船はしばらくは物資の輸送に専念し、戦後経済の復興に貢献してきました。


横浜港大桟橋に着岸する飛鳥

 1989年、当時の日本郵船会長の故宮岡公夫氏の決断で同社の客船プロジェクトが決まり、客船事業が復活することになり、日本郵船社内ではこのプロジェクトは「松、竹、梅、小梅」と呼ばれました。ちなみに、松は今度「飛鳥II」に生まれ変わることとなった北米マーケットをターゲットにした「クリスタル・ハーモニー」、竹は今回引退する日本最大の豪華客船「飛鳥」、梅は砕氷能力もあった探検船「フロンティア・スピリット(現ブレーメン)」、そして小梅ちゃんは、現在も東京湾クルーズで活躍する「レディ・クリスタル」です。

 宮岡氏は、後に新聞記事でも語られていますが、戦前の日本郵船が建造し、就航前に海軍に徴用され空母に改造され、魚雷攻撃を受け沈没してしまった幻の豪華客船「新田丸」の生まれ変わりつもりで「飛鳥」を造ったと語られています。
 

■「二引き」の客船の復活


飛鳥のファンネル

 飛鳥は、1989年に建造プランが発表され、公募の結果、船名が決まりました。建造は、後に「ダイヤモンド・プリンセス」や「サファイア・プリンセス」を生み出すこととなった三菱重工長崎造船所にて始まりました。1991年4月6日無事進水式を迎えましたが、完成の7日前に戦後長崎を襲った台風では最大級で、最大瞬間風速54.3mを記録した台風19号により、造船所のクレーンが倒壊してしまうというトラブルが発生しました。しかし、幸い無傷であった飛鳥に「天候に恵まれる」という伝説を授かることとなり、同年10月28日に当時の日本郵船社長、根本二郎氏(現名誉会長)によって「飛鳥」と命名されました。

 晴れて誕生した客船「飛鳥」は、29年ぶりに日本郵船の白地に二本の赤線「二引き」のファンネルを持つ日本最大の客船となったのです。デザインの特徴としては、船体の曲線、船尾の丸み、煙突からレーダーマストのバランス、船首のそり返りが挙げられるでしょう。600名の乗客に、270人の乗組員。28,856トンの船体は、2基の11,770馬力の4サイクルディーゼルエンジン、プロペラシャフト型動力伝道によって動きます。各エンジンからはそれぞれ8,657kwの電力が発電され、他の3台の発電機を加えると2万5千世帯もの家庭をまかなえる電力を供給することができます。


壁画「季の奏」の一部分

 船内に一歩踏み入れると、ロビーには目を見張る大壁画が描かれました。これは、中国西安のホテル、唐華賓館に雄大な壁画を描いた事で知られる洋画家、田村能里子さんの作品「季の奏」です。他の田村能里子さんの作品と同様に、大地の上で生き生きとたくましく生きるアジアの女性たちの姿が描かれ、後々まで美術書やテレビ番組など美術界からも話題になりました。

 この年の12月にはお披露目クルーズであるレインボー・クルーズを実施、そして12月24日にデビュークルーズとして横浜港を出航、神戸を経由し香港、高雄へと向かいました。
 

■集客苦戦の時期


デッキの風景

 1992年、飛鳥はアジア・オセアニアクルーズに向かうために横浜港を出航しました。就航当時の飛鳥は、マスコミの報道等もあってか、欧米の客船スタイルで、食事はフランス料理、タキシード・イブニングドレスといった高級で特定の富裕層しか乗船できないのではないかというイメージが先行してしまい、一回の航海の集客が数十名といった厳しい航海もありました。そのような状況の中で、「アスカクラブ」はこの年に誕生しています。そのような厳しい状況が続く中、1993年、飛鳥はブロードウェイスタイルのメインショーを導入し、お客様の好みに合わせた船内サービスを提供できる体制を整えました。

 当初、飛鳥のオセアニア・クルーズは、日本人のお客様には長期の休暇をとることはできないであろうということから、行きはクルーズ、帰りは飛行機、あるいはその逆の、行きは飛行機、帰りはクルーズというスタイルの、現在のグランド・クルーズよりも日程の短い、区間を区切ったクルーズで販売されていました。しかし、1994年、そんなオセアニア・グランドクルーズを往復とも飛行機を利用せず、横浜を出航し横浜まで飛鳥で旅をしたいというお客様からのご希望がありました。このクルーズで同様のご希望をされたお客様は18名にのぼり、皆様、横浜発着の38日間のロングクルーズに出発されました。後に「18人の先駆者」と呼ばれ、これが飛鳥のロングクルーズの芽生えとなりました。
 

■世界一周クルーズの時代に


世界一周クルーズの出航は、いつもたくさんの人が見送った

 翌1994年の7月1日、飛鳥初の世界一周クルーズ(96日間、300万円から)を発表すると、わずか二時間で満室となり、日本の本格的なクルーズ新時代が始まりました。1995年の阪神・淡路大震災には救援活動にも参加した飛鳥でしたが、翌1996年の世界一周クルーズにはまだ震災の傷跡が残る神戸から87名のお客様が乗船され、中には最年長の91歳のお客様もいらっしゃいました。これまで「海外旅行とは無縁」というお年寄りにとって、世界一周と言う大きな夢と希望の実現が可能となり、「飛行機を使わないで世界一周」というクルーズが広まってゆくこととなりました。

 1997年の世界一周クルーズでは、460人の全乗船者の内、420名が世界一周をされるまでになりました。この年に、「アルバトロス・ソサエティ」という飛鳥に300泊以上されたことのあるヘビーリピーターの会が誕生し、1998年、世界一周クルーズに加えオセアニア、アジア、ハワイ、日本一周の各グランドクルーズが4テーマクルーズとして加わり、北太平洋(アラスカ)グランドクルーズとともに飛鳥運営の屋台骨となりました。1999年には、ハワイグランドクルーズの中にミッドウェイ島への寄航も取り入れられ話題となりました。


横浜港に帰港する飛鳥

 2000年のミレニアムイヤーには、日本旅行のチャーターでミレニアムクルーズを実施、日付変更線上で西暦2000年を迎え、その様子はテテレビで中継されましたので記憶されている方も多いかと思います。また、船内のサービスもインターネット時代を迎え、Eメールサービスもスタート、また、加山雄三名誉船長と行く「若大将クルーズ」もこの年の7月に最初のクルーズが実施されています。

 2001年1月24日には、南半球冒険航海に出航、その航路はインド洋からアフリカのケニア、喜望峰を廻り南米各地に寄航し、パナマ運河を経てイースター島、タヒチを廻る南半球をぐるりと廻り世界一周しました。また、このクルーズよりNHKのCS放送が受信できるようになりました。
 

■飛鳥IIの誕生


日本のクルーズ文化発展に貢献してきた飛鳥

 1991年より15年間に渡って日本を代表する豪華客船として世界の海で活躍してきた飛鳥。ここ数年は、満室のクルーズも多くなり、希望するクルーズに乗船できないケースも多くなってきました。そこで、日本郵船は、2005年3月に、飛鳥と同じ客船プロジェクトの「松」として誕生し、飛鳥に対し約1.7倍のスペースを誇る「クリスタル・ハーモニー(48,.621トン)」を「飛鳥II」として日本マーケットに投入することを発表しました。「飛鳥II」は2006年2月26日(日)に母港となる横浜港大桟橋にて就航記念セレモニーが実施される予定です。

 そして「飛鳥」は、ドイツのフェニックス・レイゼン社にて「アマデア」という名で第二の人生を歩み始めます。三菱重工横浜造船所にて改修を終えた後、3月12日に横浜港からアジア・中近東クルーズに向けて出航する予定です。
 


飛鳥IIで行くクルーズ

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