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■「二引き」の客船の復活
飛鳥は、1989年に建造プランが発表され、公募の結果、船名が決まりました。建造は、後に「ダイヤモンド・プリンセス」や「サファイア・プリンセス」を生み出すこととなった三菱重工長崎造船所にて始まりました。1991年4月6日無事進水式を迎えましたが、完成の7日前に戦後長崎を襲った台風では最大級で、最大瞬間風速54.3mを記録した台風19号により、造船所のクレーンが倒壊してしまうというトラブルが発生しました。しかし、幸い無傷であった飛鳥に「天候に恵まれる」という伝説を授かることとなり、同年10月28日に当時の日本郵船社長、根本二郎氏(現名誉会長)によって「飛鳥」と命名されました。
晴れて誕生した客船「飛鳥」は、29年ぶりに日本郵船の白地に二本の赤線「二引き」のファンネルを持つ日本最大の客船となったのです。デザインの特徴としては、船体の曲線、船尾の丸み、煙突からレーダーマストのバランス、船首のそり返りが挙げられるでしょう。600名の乗客に、270人の乗組員。28,856トンの船体は、2基の11,770馬力の4サイクルディーゼルエンジン、プロペラシャフト型動力伝道によって動きます。各エンジンからはそれぞれ8,657kwの電力が発電され、他の3台の発電機を加えると2万5千世帯もの家庭をまかなえる電力を供給することができます。
船内に一歩踏み入れると、ロビーには目を見張る大壁画が描かれました。これは、中国西安のホテル、唐華賓館に雄大な壁画を描いた事で知られる洋画家、田村能里子さんの作品「季の奏」です。他の田村能里子さんの作品と同様に、大地の上で生き生きとたくましく生きるアジアの女性たちの姿が描かれ、後々まで美術書やテレビ番組など美術界からも話題になりました。
この年の12月にはお披露目クルーズであるレインボー・クルーズを実施、そして12月24日にデビュークルーズとして横浜港を出航、神戸を経由し香港、高雄へと向かいました。
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